March, 3, 2022--米軍に提供し、1950年代に「カジュアルを発明」し、デヴィッド・ボウイ、トム・ハンクスやシャロン・ストーンに愛用されてきた歴史を持つ米ハッシュパピー社(Hush Puppies)は、靴の耐久性、快適さ、及びスタイルを常に重要視してきた。
この世界的なシューズブランドの社長兼ジェネラルマネージャーであるケイト・ピンカム氏(Kate Pinkham)によれば、今後数十年で「カジュアルの再発明」を計画しているとのことだが、耐久性、快適さ、及びスタイルが最優先事項なのは変わりない。
ピンカム氏は、米ボクセル8社(Voxel8)との協業により、カジュアルを再発明することに期待を寄せていると述べた。ボクセル8社はマサチューセッツ州に事業所を置く3Dプリンティング企業だが、イスラエルのコーニットデジタル社(Kornit Digital)に最近買収された。コーニットデジタル社の高速な産業インクジェットプリンターは、アパレル業界やテキスタイル業界において、製品開発に使われている。
コーニットデジタル社に買収されるまで、ボクセル8社は、ハッシュパピー社との共同作業を順調に進めていた。他のシューズブランドが3Dプリンティングプロバイダーとパートナシップを組んでいるように、ハッシュパピー社はボクセル8社のラティス構造のプリント機能を活用している。
「3Dプリントは、実行可能なシューズ技術として急速に進化している」と、ハッシュパピー社の製品開発ディレクターであるルーク・シュルテン氏(Louk Schulten)はTCT誌に語った。「ボクセル8社は、3Dラティス構造の印刷を可能にするプリンターヘッドを開発し、特許を取得して、所有している。ラティス構造の作成と生産ができるのはボクセル8社のみであるが、現在、当社も唯一無二となった。世界の他のどの会社もこれを生産することはできない」。
特に、ミッドソールに重点が置かれ、衝撃吸収性を高めるためにラティス構造が「精密に調整」されている。ボクセル8社で印刷されたラティス構造のミッドソールを使用すると、従来の発泡体と比較して、10万サイクル後も衝撃吸収力の変化はなく、厚みの変化も4倍少ない。これは、3Dプリントされたミッドソールを備えたハッシュパピー社のシューズの快適さが、既存の製品に匹敵するだけでなく、はるかに長持ちすることを意味する。
「消費者がハッシュパピーを購入するときは、初日に感じた同じ快適さを1年後も感じたいと考えている」とコーニットデジタル社の積層造形テキスタイル担当副社長(以前はボクセル8社の最高経営責任者)であるフリードリッヒ・フォン・ゴットベルク氏(Friedrich von Gottberg)は述べた。「従来の発泡体の問題は、一定期間がたつとつぶれて、底に達するのは避けられないということである。そのため、店で履くときは快適かもしれないが、数か月たつと快適さは感じられなくなる」。
「ボクセル8社のラティス構造は、無限のオプションを持つクッションプラットフォームを提供し、足元のクッション性やリバウンド・エネルギーリターンをカスタマイズすることができる。これは、Air、Gel、Boostなどをはじめとする他のクッションタイプのシューズでは提供できない」と、ハッシュパピー社のシニア製品開発者であるピート・ディロン氏(Pete Dillon)は説明する。
ボクセル8社は、ラティス構造能力とAciveLabという3Dプリンターが提供する材料のポートフォリオの利点を生かすことで、さまざまな課題に取り組んできた。同社の技術の中心となるActiveMixプリントヘッドは、「高性能エラストマーのオンザフライ配合」を可能にする。これにより、プリントされた構造の材料特性を「複数ケタ」変化させることができる。ActiveMixは、押し出しとスプレー付着の両方をサポートし、エラストマー原料の正確な投与を制御することができるため、1つの材料セットを1回の印刷で前述の材料特性を変化させることができる。
同社は、ポリウレタンエラストマーなどの高性能材料を使用しており、ActiveMixプリントヘッドを使用して、アプリケーションの要求に応じてポリマーの特性を調整している。たとえば、硬度に関しては、ボクセル8社は、ハッシュパピー用に柔らかめのショア硬さ50から、より硬いショア硬さ85の範囲で、ラティス構造のミッドソールシリーズのプロトタイプを作成して、圧縮及びリバウンドテストの各反復を評価した。ActiveMixプリントヘッドを介して材料特性を変更するこの機能は、快適性や耐久性などのパフォーマンス特性に影響を与えるようにラティス構造を微調整するボクセル8社の技術で構成されている。
「まず、最高の素材を使用することから始める」とフォン・ゴットバーグ氏は説明する。「しかし、さらに重要なのは、プリント時にラティス構造の化学組成を変更できることである。それにより、ラティス構造の下部を上、左右、中央等で変えることができる。従って、特性を変更する手段が増え、その結果、作成したラティス構造を求めているものに調整したり、カスタマイズしたりできる。プリント中に化学組成の調整や変更ができるこの機能は、他に類を見ない」。
ボクセル8社は、ハッシュパピー社との連携を通じて、同社の技術を実証する一方で、数日から数時間以内で可能なプロトタイプをローカルで開発している。これにより、シューズブランドはデザインの見直し、テスト、及び、フィードバックを行い、従来よりはるかに効率的に次のサイクルを開始できる。これまで、ハッシュパピー社は、他の多くのファッションブランドと同様に、アジアで独占的にプロトタイプと製品を製造してきたが、これが最大18か月の設計と製造サイクルにつながっている。
ボクセル8社はローカルでのプロトタイプ生産のロジックを証明しているため、ハッシュパピー社が将来のある時点で、ローカル生産に目を向ける可能性は確かに議論されている。ラティス構造のミッドソールに関しては、マサチューセッツ州のサマービルにあるボクセル8社の施設で生産を強化して、その後、アジアで大量生産を行う。しかし、ボクセル8社は、ハッシュパピーのようなブランドは、再び国内で製品製造を開始する可能性が非常に高いと考えている。
ボクセル8社とコ―ニットデジタル社はアパレル業界における業務を通して、ほとんどのブランドがアジアで製造を続けるだろうと考える一方で、国内生産に関心が寄せられているとも考えている。サプライチェーンをある大陸から別の大陸に移すには時間がかかるが、この2社は、18か月の設計と生産サイクルを大幅に短縮し、カスタマイズされた製品への扉を開き、より持続可能な製造方法をもたらすと信じている。
「持続可能性は、カスタマイズとパーソナライズと密接に関連している」とフォン・ゴットバーグ氏は述べている。「多くの場合、アパレル製品を作ると、その約30%が捨てられる。これは、実際には消費者の需要に応えられないとか、ファッションのトレンドが変化するなどの理由による。しかし、特定の個人向けに何かを作る場合は、どうだろうか。使おうとしている人のために作っているので、多くの無駄が減る。つまり、それらはすべて絡み合っているのである。そして、それを地元で行うならば、数日または数時間以内に配達することができ、願ってもないことだ。それはまさに「別の」重要な要素である。なぜなら、国内でのカスタマイズとパーソナライズが現実のものになるからである。何かをパーソナライズするのに6週間も待つ必要はない。パーソナライズしたい場合は、すばやく行う必要がある。ブランドが推進するパーソナライズは時間がかかるだろうが、いずれ、このパーソナライズ要素に到達するだろう」。
これは、コ―ニットデジタル社がボクセル8社の買収を検討し始めたときの推進要因だった。過去数年にわたって、同社は、COVID-19パンデミックの影響によって加速された一連の社会的な傾向を特定してきた。これは、より持続可能な方法でカスタマイズまたはパーソナライズされた商品のオンデマンド製造の必要性を示していた。コ―ニットデジタル社の最高技術責任者であるコビ・マン氏(Kobi Mann)は、同社が「持続可能な製造のためのオンデマンドオペレーティングシステム」を構築するには、既存のインクジェットソリューションを容易にする補完的なテクノロジーが必要だったと説明した。
ハッシュパピー社は、すでに大きな成果を見ている。ボクセル8社と連携することで、部品を高精度で印刷できるようになった。これにより、「無駄が少なくなり、各部品に特定の機能と目的が与えられる」。同社は現在、ティアツーサプライヤーへの依存度を減らし、カスタマイズされた靴製品の開発をさらに進めており、周囲の大手シューズブランドと競争できると信じている。
「ボクセル8社の技術により、ハッシュパピー社はニーズに対応し、型、カッティングダイ、最小注文数量(MOQ:Minimum Order Quantities)なしに足の上下でシューズをカスタマイズできる」とディロン氏は述べている。「これにより男性用、女性用、あるいはサイズごとに異なるクッション性、接着剤なしの高密度クッション性、及び使用する材料の数を減らした上部のデザインが可能になり、生態系を守りながら、色と物理的特性に無制限のオプションを提供することができる」。
「3Dプリントにより、ハッシュパピー社は競争力を高め、実用的で適用可能なシューズ部品開発の最前線にブランドを押し上げることができる」とシュルテン氏は付け加えた。「実際のところ、ハッシュパピー社は、同様の3Dプリントシューズの部品に関心を示しているアディダス社、ナイキ社、ニューバランス社などのブランドと同等かそれよりも先行している」。
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